ハナ

メスのポメラニアン。

ふさふさと流れるような黒毛のかたまりから、
前後2本ずつのか細い足がピーンと突っ張るように伸びていて、
フローリングの床に立っている。
その姿は優雅であり、愛らしくもある。

はあっはあっはあっと息を短くつまらせながら、
前足でじだんだを踏むと、
小爪のあたったので床がチャカチャカと鳴る。
ワン、ワン、早くしろ。
ごはんの合図です。

ピンク色の舌をペロペロさせ、
食べ終えてたっぷり感のそのかしげた小顔が向けられると、
自然と目尻が下がり口元が緩んでくる。

今年4月、推定年齢13歳。
愛犬のハナが老衰でなくなりました。

大阪のブリーダーのもとにいたハナを、
約7年前、ある保護団体を通して譲り受けたのが始まりです。

団体にも、一匹の犬にまで手がまわせない事情があったはず。
ハナは元気なようでいても、毛に艶がなく、小さく痩せた犬でした。

晩年のペットが人間に介護される例は多くとも、
ハナは飼い主孝行の犬でした。
なくなる二週間前まで、
ごく普通に過ごしてくれていたのですから。

ほとんどを狭いゲージの中で過ごす繁殖犬もいる。
犬も人間と同じで、
過酷な環境で育てばトラウマが生まれ、
他者に対して警戒心の強い、攻撃的な素振りをみせてしまいます。

ハナはとりわけ男性の人間を、強く拒みました。
ハナはおそらく、体臭や声や外観から、
染みついた酒やタバコのにおいからも、
男女を見分けていたのかもしれません。

ハナのうぶげの生えそろったやわらかなお腹の皮膚には、
干からびた納豆粒のようなメスのシンボルが、
ポツンポツンと残されていました。
それをせいいっぱい震わせて、
のどをそこのほうからかき切れんばかりにして、吠え続けるのでした。

幼子が夭折したような喪失感をぬぐえずにいます。
自宅のバルコニーに立って、遠く外を眺めると、
秋の涼風にともなう胸に抱いたハナの生温かな息づかいにふれるようです。

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