チベット仏教に根差した人々の素朴な暮らしや文化に惹かれるところがあり、
それを直接自分の目で見てやろうと思ったのです。
当時、バブルがはじけから数年がたっていました。
それでも日本は、米国に次ぐ先進国の地位にあり、
モノが豊かにあぶれるばかりの国でした。
人間とは不思議なものです。
豊かな国で暮らしているのに、若さゆえの意固地さも手伝って、
何かが豊かでないような気がする。
重箱の隅を楊枝でほじくるように、そこに意識がいき、
豊かでないものとは一体何なのか、
ただ無性に胸がざわつき焦がれてくるばかりで、
そしてとうとう私は、遠くへ飛んでいきたくなるのです。
20代前半の私のいつわざる心境です。
学生とはいえ、長期休暇は年に何回と決まっています。
その限られた時間の中で、行きたい国はあれもこれもとたくさんあった。
結局私は、チベットに行かず仕舞いのままでした。
当時、日本からのチベットへの直通便はなく、
中国の主要都市から国内線を経由するのが一般的でした。
国内線の便数は、週に数便と限りがあり、
今思えばそのことが、行くという選択の障壁になっていました。
それに私は在学中の早い段階から、
卒業後はすぐ中国へ留学すると決めていました。
いずれ行く機会もあるだろうとのおぼろげな考えが、
心の片隅にあったのだと思います。
そうこうしているうちに、学年が上がり卒業が近づいてきました。
海外旅行どころではなくなった私に、チベットのことは完全に消えていました。
立ちはだかる大きな関門を乗り越えなければなりませんでした。
卒業試験と国家試験をパスしなければ、
すべての計画、道筋が水の泡となってしまいます。
無事卒業し、めでたく国家試験をパスした私は、
現地の9月入学に合わせて、留学の準備に取りかかります。
再びチベットが浮かび上がったのは、
留学の手続きを代行をしてくれる、
旅行ガイドブックの出版で有名な「地球の歩き方」デスクを訪ねたときでした。