仙台の帰りに

仙台の漢方講座を担当して13年がたちます。
コロナ禍前は仙台でやっていましたが、
いまはオンライン形式、都内でやっています。

3、4年前のことです。
仙台で講座を終え、帰途に就く18:00台の新幹線でした。
60歳前後と思しき女性と隣席になったのです。
私が窓際に座り、同じく仙台から乗車した女性が通路側に。

同伴者もいました。
親子関係にあると思われた30歳手前ふうの夫婦は、
私と隣の通路を隔てた座席に座りました。
幼い男の子も一緒にいたのですが、
通路側に座った妻のほうにその男の子を座わらせました。

4人はブラックフォーマルな装い。
仏事の帰りであることは確かでした。

女性らは母子には見えませんでしたが、
会話を聴くとすぐ、親子であったことがわかり、
するとだんだん似てくる感じがしたのは不思議でした。

新幹線が動き出すと、私は帰りの車内でいつもするように、
駅のコンビニで買ったホットコーヒーをすすりました。

コーヒーの優しい香りに癒され、ひと息く。
香りには一つ、特別な効能があります。
乗客の人いきれや、弁当やアルコールの臭いといった、
そういう伝わってくる違和感から守られる気がします。

右斜め前の車窓に向ける視線に、
等分に切れては過ぎていく、
フィルムの断片のような暗がりと、
外気の冷たいのがぶつかってきます。

確かにぶつかってはくるのですが、
あまり感じないという無感覚に近いものがあって、
それで頭がからっぽな感じになり、
うとうとしそうな、そのときでした。

「お疲れのところ、申し訳ありません」
隣席の女性が小さくもはっきりと、礼儀正しく言いました。

母親の元に飽きた男の子が、女性に何かをせがんでいる。
ぼんやり気づいてはいたのですが、
別に気するほどのものではありませんでした。
女性にしてみれば、眠そうにしていたのが不機嫌に見えたのかもしれません。

「大丈夫です」本当にそう思って私は言いました。
そして男の子に向け「いくつ?」と問いかけてみました。
男の子は、指3本を突き出してみせ、
すると女性が、残りの月数を口頭で添えてくれました。

「お仕事かなにかで?」女性は言うと、
さらに二言三言話して、
「疲れているなら、言ってくださいね」とうかがうように言いました。

疲れたら、というか、眠くなったら言えばいいと思い、私は女性と続けました。
いつもだと、コーヒーの覚醒作用が効いてくるのは約1時間後の、
下車する手前の大宮駅に入る頃なのに、
その日に限っては、飲んですぐのようでした。

会話は初め、探りを入れるように、遠慮がちにでした。
けれど、今振り返ってみると、
あんなふうな気遣いは、ほんの最初だけだった気がします。

ずっと昔別れた旦那さんの親類の不幸に参列した。
その前日、かなり久しぶりに仙台に入った。
みんなで宿泊施設に合流し、孫と初顔合わせ。
そして一泊過ごしてきた。
ドラマに出てくるような話でした。

「田舎の人って、ぜんぜん変わらないんですよね」
地方出身の私にしたら、少し納得のいかない言葉であったけれど、
私は首を軽く縦に振り、何度かうなずきました。

そして、女性が言った「変わらない」というのはもちろん、
いい意味のことじゃないと理解して、
女性がそれ以上言わないなら、何も問うまいと思いました。

スマホをしていた娘さんが手を休めて、
こちらにちらっと移すしぐさがときどきありました。

そのしぐさに呼応して、私が女性と話しながも娘さんに移してみると、
婿さんはビールを飲み、スマホをいじっているのが見えました。

仕事、家族、日常の普通なこと。
知り合ったばかりでしたが、
ばかりなんていう期間の程度などぜんぜん関係なく、
その後も会話は、ゆるいキャッチボールをするみたいに続きました。

車内のアナウンスは、下車する上野駅まであと数分だといいます。
私は気持ちをシャキッと切り替えて、急いで下車の準備をしました。

会話の残り香が漂っていました。
名残惜しそうにする女性。
微笑みかける娘さん。
その上で、すやすや眠る男の子。
隣には赤ら顔で眠りこける婿さん。

私は別れを告げ、その場を後にしたのでした。