ヒグラシ

昔、小学校の国語の授業で、ヒグラシの季語が秋だと知って、
なるほどなあと実感したのを覚えています。

8月を指すその秋というのは、
現実的な暦感覚でいうなら晩夏でしょう。

関東圏の学校と比べて、出身地東北福島の夏休みは短い。
私は宿題そっちのけで、海とか山とかプールなど遊びを優先するのが常でした。

お盆に入る頃の休みの後半には、やり残した宿題に切羽詰まって悪戦苦闘。
ヒイヒイしてましたね。
私はコツコツ努力できないというかしようとしない、勉強の嫌いな子でした。

ヒグラシは日暮れに鳴くから、そう呼ばれるんだとか。
遠い記憶にあるのは、
晩夏の日暮れの林に響く「カナカナカナカナ」の美しい音色です。
だからカナカナセミとも言われます。

もの悲しさと、涼感という秋の気配が、静かに辺りを支配する。
聴覚はヒグラシの声に刺激されているのに、
それとは矛盾する静寂の空間にいる自分の存在が不思議でした。

そうしたちょっと詩的で、文学の題材にもなりえるような感慨にふけりながら、
宿題の終わらない焦燥感に苛まれたものです。

上京して30年以上たちますが、
東京でヒグラシが鳴くのを一度も耳にしたことがありません。
東京の人って、ヒグラシのことを知っているんでしょうか。