乳腺炎

今月9日の仙台の漢方講座では、
<産後病の漢方治療>というテーマで講演しました。

産後病にもいろいろありますが、
その中でもよく聞かれるのが、「乳腺炎」です。

「乳腺炎」には、2種類あります。
1つは、乳管内で乳汁がうっ滞して起こる、「うっ滞性乳性炎」。
もう1つは、うっ滞性のものが進行したり、
細菌に感染したりして起こる、「急性化膿性乳腺炎」です。

「乳腺炎」の“炎”とは、炎症のこと。
炎症の定義は、(乳房が)「発赤(赤く)、腫脹(腫れ)、灼熱(熱をもち)、疼痛」し、
機能不全(授乳できなくなる)に陥るもので、
こうした炎症反応を総合して「五徴」(ごちょう)とよんだりします。

2種類の「乳腺炎」それぞれにみられる炎症の程度を比較すると、
「急性化膿性乳性炎」の方が、
例えば高熱が出るなどの全身へ拡大する炎症や、
膿瘍(大きな膿の塊)を形成して、
外科的な処置を施さなければならないといった強い症状があらわれることがあります。

このため、病院での「乳腺炎」の治療は、
消炎鎮痛剤や抗生剤の投与が中心となり、
漢方治療においても、抗生剤に匹敵する効能を有する方剤、
「銀翹散」(ぎんぎょうさん)などを選択します。
「葛根湯」もよいとされますが、これについては最後に。
あるいは、抗炎症作用を高めるために、
「銀翹散」に「黄連解毒湯」(おうれんげどくとう)を併用することもあります。

ところで、乳汁のうっ滞によって、乳房の張りやしこり、
白斑といった症状が出る、乳汁分泌の低下している状態と、
「乳腺炎」を混同して理解している方をみかけます。


その理由はおそらく、「先の症状が『乳腺炎』の前駆症状(前触れ)である」
と理解されているからでしょうが、
先の症状が必ず「乳腺炎」に進行するのではありませんし、
むしろ進行しないことの方が多いのです。

ちなみに「白斑」とは、“うっ滞”という循環障害によって、
薄くて敏感な乳首の皮膚に圧がかかることでできる、
米粒より少し大きい白~透明のできもののこと。
しかし、こうしたレベルの皮膚の変性を、
明確に「炎症」と定義することはできません。

「中医学」(ちゅういがく)とよばれる伝統医学では、
「乳腺炎」を「乳癰」(にゅうよう)、
「乳汁のうっ滞によって起こる症状」を「欠乳」(けつにゅう)とよんで両者を区別します。

「欠乳」には、2つのタイプがあり、
1つは、助産師さんなどから、「溜まり乳」などとよばれる、
乳房の張りが顕著な状態で、「うっ滞性乳腺炎」に移行する可能性があるもの。
中医学では、こうした病態を「気滞血瘀」(きたいけつお)とよび、
乳管の緊張を解きほぐす効能を有する方剤、
「芎帰調血飲第一加減」(きゅうきちょうけついんだいいちかげん)を選択します。

もう1つのタイプは、同上などから、「差し乳」などとよばれる、
乳房の張りのない、乳汁の出が悪いもの。
中医学では、こうした病態を「気血両虚」(きけつりょうきょ)とよび、
直接、乳汁を増やす効能を有する方剤、
「十全大補湯」(じゅうぜんだいほとう)を選択します。

両方剤に共通するのは、全身を温める効能を有すること。
このため、産後から、「芎帰調血飲第一加減」を服用していると、
からだが温まって流れがよくなり、「乳腺炎」を予防することができるのです。

さて、「葛根湯」についてですが、
これを服用する際には、
そのタイミングと止め時の判断が非常に重要になります。

「乳腺炎」に罹りはじめてカゼの引くような感じがし、
まだ発赤はないか、あっても軽微なときがそのタイミング。
そして、「効いた」と感じたら、それ以上服用することはせず、様子をみることです。

炎症が進行して、腫れや熱をもつ感じが顕著になったときには、
絶対に服用してはいけないません。
また、3日、4日と続けて服用しても効いている感じがしないのに、
だらだらと服用を継続してもいけません。

理由は、「葛根湯」の主な効能、「辛温解表」(しんおんげひょう)にあります。
「辛温解表」とは、表皮(皮膚の最も外側)を温めて発汗を促し、
乳腺でこれから悪さをするであろう、炎症を引き起こす因子を、
表皮から外へ排出するものです。

発汗を促すことができるのは、神経を興奮させる成分が含有されているからで、
これにより、発汗過多、動悸、不眠、
胃腸障害といった症状が引き起こされる可能性があります。

「乳腺炎」に「葛根湯」を服用しても効かなかった方、
体質に合わないと思った方などが、潜在的には多くいらっしゃるはずです。

正しい知識をもって、漢方薬を服用する。
そして、急激に起こる炎症反応に対して、ナメてかかってはいけません。
「これはマズイな」と思ったら、そのご自分の感覚を大切にする。
病院での適切な治療を必要とする事態も起こりえることを、肝に銘じておいて欲しいですね。