戸棚

ガラス張りの戸棚は、
開局する前に、西荻久保の骨董店で購入したものだ。
当時の店主によれば、昭和初期の代物らしく、
その店には2回ほど通って、購入を決めたと記憶している。

店主との価格交渉は、スムーズだった。
開局してこれをデイスプレーしたいという希望を聞いた店主が、
私の未来に共感してくれたからだと思う。

古い戸棚にはいま、ビニール袋に梱包された生薬が、横に上下に陳列してある。
戸棚の格子は、時代を経て黒味を帯びた濃い茶色を呈し、
古い材質特有の優しさとぬくもりを醸し出している。
私は、この色が好きだし、この色を見ると、落ち着くのだ。

今となっては、この材質が何であるのか、
正確なことを店主に尋ねなかったことを少し後悔している。
一つはスギに違いない。
もう一つはおそらく、ケヤキだと勝手に思い込んでいる。

無色のガラスだけしか見えない景色は、透明できれいだ。
その色彩の性質の如く、心を無にしてくれるものでもある。
その半面、何か無機的な、
冷たくて機能のない世界を思い起こさせもするのだ。

ガラスだけの景色の中に、
古刹的な木目の線のタッチが縦横に整って描かれ、
まるでパレット上に塗り重ねられたように見える、
乾いた渋みの色のある生薬の連なりが置かれるとどうだろう。

そこには、古いけれどもモダンな、
質感や体温、規律のある、有機的な景色が広がっているように思えるのだ。

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