匂い

思考回路のスイッチは、鼻孔にあるのかもしれません。
そのときどきの匂いというものが、既視感を覚えさせるからです。

近所のビオトープの水路側を歩くときの匂いは、
沼でザリガニ釣りをしたり、小川で小鮒を追ったりした、
キラキラと輝いていた子ども時代を思い起こさせます。

よし! 今日はフライを作ってみようと、
青魚をおろしたときの生臭さは、
活況だったふる里の漁港の風景を思い浮かばせます。
赤銅色に日焼けした屈強な漁師たちの、
威勢のよい掛け声が聞こえてくるようです。

生薬の匂いは、私にとって特別なもののような気がします。
いつも何気なく嗅いでいるから、気にも留めないのですが、
ふとしたときに、切なく懐かしいものがこみ上げてくるのです。

この懐旧の念はいったい、どこからくるのだろう?
留学時代にさかのぼってしまいます。
当時、現地郊外にある生薬の巨大市場をよく訪れたものです。
種々雑多の生薬の放つ香気が混沌とした空間の中で、
恍惚の境に入っていたような自分を覚えるのです。

意識のベクトルを、もう少し深いところに向けてみます。
子供の頃、亡き祖母が、何かを私のために煎じてくれました。
ただ、このときの匂いは、中国由来の生薬のものとは異なり、
いまの私を満足させるものではないのです。

プールの水の中で無抵抗にブクブクと身を沈めていくように、
意識のベクトルをさらにさらに深いところへ向けてみるのですが、
そこはもう、プールの底です。
結局、その切なく懐かしいもののありかにたどり着くことはできないのです。

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